美術工芸品錺(かざり)金具製作
選定保存技術
書画を引き立てる金工品には、掛軸の軸先や屏風の角金具、襖の引手などがあります。これらは、金、銀、銅、真鍮(しんちゅう)などの金属材料の持ち味を生かし、金型による成形、彫金や研磨などの丹念な加工、煮色、燻(くす)べ、鍍金(ときん)、箔押しなど様々な技法による着色を経てそれぞれの形態に仕上げられます。錺金具とはこれらの金工品の総称で、錺職とよばれる金属加工に熟練した技術者が、伝統的な手法を用いて復元新調や修理を行っています。
表具用手漉(てすき)和紙(美栖(みす)紙)製作
選定保存技術
書画が掛軸や巻子に仕立てられる際、複数の異なる紙で裏打が施されます。美栖紙は、本紙に接する裏打紙と一番外側の裏打紙に挟まれた中間層に用いられます。この層は、古糊と打刷毛を組み合わせて施され、軸装の各部分をゆるやかに一体化させる役割を持ちます。美栖紙は、薄手でざっくりした質感を持ち、柔軟で糊のなじみがよいという特徴があり、この質感は、楮を原料とする紙料に胡粉を混ぜて漉き、直後に干し板に貼り天日乾燥することで得られます。
表具用手漉和紙(宇陀(うだ)紙)製作
選定保存技術
宇陀紙は掛軸装の最も外側の裏打(総裏打)に用いられます。美栖紙同様、日本の奈良県吉野地方で古くから漉かれてきた手漉和紙で、楮を原料とする紙料に、粘土質の石灰岩を細かく砕いた白い土粉(白土)を混入して漉き、紙床に重ねて圧搾後、干し板に貼り天日乾燥させます。柔軟性と滑らかさを併せ持ち、古糊と打刷毛との組み合わせにより、巻き解きを繰り返す掛軸装の全体を支える重要な役割を果たします。
表具用手漉和紙(肌裏(はだうら)紙)製作
重要無形文化財
紙や絹などに描き記された絵や書は、単体での形状維持が保存上・鑑賞上困難であるため、多くの場合裏打が施され、掛軸、巻子、屏風などの形に仕立てられます。本紙に直接施される裏打紙(肌裏紙)は、脆弱な紙や絹をしっかり支えるための強度がなければならず、厚みや紙繊維の密度が均一である必要があります。この条件に合致する紙として、美濃紙(重要無形文化財、ユネスコ世界遺産)など、使用材料が入念に吟味された紙を厳選して使用しています。
表具用手漉和紙(補修紙)製作
選定保存技術
書画の欠失箇所の修理にあたり、かつては古い紙を入手し、本紙に似た紙を選んで充てていたことがありましたが、近年では本紙の繊維組成を調べる方法が確立され、本紙に合致する種類、厚さ、簀目(すのめ)の細かさ、光沢の有無などの様々な要求に応える補修紙の製作が可能となりました。古くからの和紙の産地で、近代以後も技術改良が重ねられた高知県土佐地方を中心に、多種多様な文化財の修理に適応した補修紙の製作が行われています。
表具用手漉和紙(下張(したばり)紙)製作
重要無形文化財
襖、屏風などの下地には、本紙を貼る前に、複数層の下張が施されます。下張層は本紙と下地の間に空気層を生成し、温湿度の急変などによる本紙の破断などを防ぐ重要な役目を果たします。下張に用いる楮紙は、均質かつ強靭で、さまざまな厚みに対応する必要があります。現在、美術工芸品修理における下張用紙としては、石州紙・細川紙(いずれも重要無形文化財、ユネスコ世界遺産)や土佐の胴張間似合紙(どうばりまにあい)などが、その品質を生かして主に使用されています。
手漉和紙用具製作
選定保存技術
和紙製作を支える用具には、竹ひごや萱(かや)を編んで製作する「簀(す)」、簀を装着して和紙の原料を汲み上げるのに使う「桁(けた)」などがあります。手漉和紙には多種多様な種類があるため、原料や紙の大きさ、厚さ等に応じてそれぞれ用具が使い分けられます。これらの原材料は、繊細かつ水に対して強靭でなければならず、その加工及び組み合わせには、熟練した高い技術が必要となります。また、こうした用具類自体も、修理を重ねながら大切に継承されています。
美術工芸品保存桐箱(きりばこ)製作
選定保存技術
桐材は他の木材と比較して、熱伝導率が小さい、着火点・発火点が高い、比重が小さいという特徴があります。さらに、十分に乾燥させた桐材は経年後も歪みや狂いが少ないため、精巧に作られた桐箱は気密性に優れています。また、材には虫を寄せ付けない成分が含まれています。これらのことから、桐箱は単に外気を遮るだけではなく、温湿度変化による影響や万一の火災・水害・虫害から文化財を守るために大きな役割を果たしています。
表装建具(たてぐ)製作
選定保存技術
屏風、襖などの形態で伝来した書画は、変形の少ない下地骨、縁木を用いて仕立てられることにより、良好な状態での保存が可能となります。温湿度の変化が大きい我が国の環境に適応し、その材料や製作技術は長い時間をかけて吟味されてきました。下地骨には脂が少なく柾目(まさめ)の通った杉材が用いられ、釘を使わず枘(ほぞ)を用いて組み立てられます。縁木には主に檜材が用いられ、漆塗の場合は十工程以上の塗り重ねを経て堅牢に仕上げられます。
表具用木製軸首(もくせいじくしゅ)製作
選定保存技術
軸首は掛幅装や巻子装など表装の一部材です。軸木の両端に装着され、巻き解きの手がかりとしますが、装飾としても重要な部分です。 軸首は金工、木工、漆工、象牙のほか水晶や陶磁器等の材質が用いられ様々な形に加工されます。 軸首は文化財を扱う際に手に触れる個所であるため必然的に損傷しやすく、修理の際に新調される機会が多く、軸首の製作技術は修理に欠かすことができません。
漆工(しっこう)品製作
選定保存技術
美術工芸品(絵画、書跡等)において漆工品を用いる部分としては、襖・屏風の周囲に取り付けられる塗縁、掛軸や古文書などを収納・保存する桐漆塗箱、漆塗や螺鈿(らでん)の軸首などがあります。それぞれ黒漆、擦(すり)漆、溜塗、朱、ウルミなど、仕上がりの色にさまざまな種類があります。漆工品は単に書画の装飾の役割を果たすのみならず、数十の工程にわたる塗り重ねにより、耐久性の確保が図られています。
表具用刷毛(はけ)製作
選定保存技術
刷毛は、書画を掛軸や巻子、屏風、襖など様々な形態に仕立てる際に不可欠な道具で、絹や紙の整形、水や糊の塗布、裏打など、それぞれの目的と工程に応じて各種の刷毛が使い分けられます。刷毛は用途によって、水刷毛、糊刷毛、付廻(つけまわ)し刷毛、撫刷毛、打刷毛に大きく分類されます。そのため、各々の用途に適した、異なる種類の獣毛(鹿、山羊、馬等)が刷毛を仕立てる際に用いられます。
表具用古代裂(金襴(きんらん)等)製作
選定保存技術
掛軸や屏風は、それぞれの時代の美意識や価値観に沿った様々な裂で装飾され、作品とともに鑑賞の対象となってきました。古くは大陸からの舶載品が珍重され、近世にかけて裂の国産化が進められました。表装に使われる裂は、金銀糸を用いる金襴・銀欄や金紗、文様を二色の糸で織り上げた緞子など、さまざまな種類があり、近年では名物裂の復元製作も行われています。綜絖(そうこう)、整経(せいけい)、金銀糸製作といった周辺産業も、表装裂地製作に不可欠な周辺技術です。
金銀糸(きんぎんし)・平箔(ひらはく)製作
選定保存技術
金銀糸・平箔は伝統的には金銀箔を漆により和紙に接着させた平箔と、平箔を裁断して製作した金銀糸の総称です。文化財(美術工芸品)では表装用の金銀襴・金銀紗などの材料として用いられます。手漉和紙・漆・本金、本銀箔を用いた伝統製法で作られた金銀糸・平箔は文化財修理になくてはならない技術ですが、熟練の技術を要すことなどから現在ではポリエ ステルへの真空蒸着によるものが普及し、伝統的な製法を採用する技術者は減少しています。
時代裂用綜絖(そうこう)製作
選定保存技術
綜絖は織機の一部分を構成する用具で、織物の緯糸(よこいと)を通す杼道(ひみち)を作るために経糸(たていと)を運動させ、織組織と織密度を操る役割を担います。表装裂として用いる時代裂を復元製作するためには多様な材料・用具が不可欠ですが、中でも綜絖は文様を織り出す上で核となる装置です。時代裂用綜絖の製作は、時代裂の織組織、糸の太さ、織密度等を分析し綜絖を設計する能力と、高密度に紋綜絖の高さを揃える等の技術が必要です。
本藍染(ほんあいぞめ)
選定保存技術
書画の表装には様々な染織品が用いられ、多数の染色技術がありますが、その中でも蓼藍(たであい)を使用する本藍染は極めて重要な染色方法です。また、日本の文化財には紺紙を料紙とする装飾経が膨大にあり、これらの修理には伝統的な技法で製作された補修紙としての紺紙が必要不可欠です。このような裂や紙を染める本藍染の技術は、装潢(そうこう)修理技術にとって欠くことのできない技術です。
美術工芸品保存箱紐(真田紐(さなだひも))製作
選定保存技術
美術工芸品保存箱には伝統的に紐付きのものが使用されます。特に二重箱など大型の箱や茶道具の箱紐には、強靱性・非伸縮性・耐久性に優れ装飾性をもった真田紐が使用されることが一般的です。真田紐は紐という名前ですが、染色した経糸と緯糸を密度高く織り上げる織物の一種です。使用する際に必ず手を触れるものであるため大変傷みやすく、修理に際して新調される例が多く、真田紐を製作する技術は美術工芸品の保存に欠かすことができないものです。
組紐(くみひも)製作
組紐は実用的であると同時に装飾性に富んでいて、各時代を通じて愛好され、掛軸や巻子を巻いたり掛けたりする紐としても古くから用いられています。組み方を大別すると、機械を用いずに組む純手組、無動力の木製組台を使って組む手組、動力を利用して大量に製品をくる機械組とに分けられます。力がかかる箇所であるためきわめて傷みやすく、修理の際には新調することが多く、古い組紐の復元にも高い技術が必要です。
唐紙(からかみ)製作
選定保存技術
主に襖・障子の装飾や屏風の裏貼紙、書画冊子の表紙として用いられる唐紙は、鳥の子紙などの丈夫な和紙に、雲母(きら)などを用いて木版刷りで様々な文様を摺り出すことにより製作されます。厚く丈夫な和紙を水で濡らした後、雲母や金銀泥、顔料、膠などの接着剤を調合した「具」を版木に付け、その上に和紙を当てて模様がずれないように摺り出していきます。具を濾して版木に付ける道具として、把手(とって)のついた特殊な形状をした篩(ふるい)が使用されます。